お侍様 小劇場

     “師走もほっこり?” (お侍 番外編 111)
 


窓の外に広がるのは、やや曇天もよいの浅いグレーの空。
庭の芝生もまだ青みが強いというに、
そこへ陽が射さないというだけで、
冬の寒気が冷え冷えと垂れ込めていることを重々忍ばせる。
東京はこれでも、
直前までは日中は20度近くあるほど暖かで、
今時が見ごろというスポットなはずの、
イチョウ並木や庭園などなどが、まだまだ緑が目につくという、
いつまでも的外れな秋だったものが。
師走、十二月に入った途端、
文字通りの急転直下、
昼間でも気温が1桁以上に上がらずという、
そりゃあ寒い朝になった。
ジャケットが出先で邪魔になるほどの陽気だったものが、
一転してこの落差というのは、
何も今回が初めてという話じゃあないが。

 「それでも この急な寒さはないですよね。」

毎朝の日課だからと、
庭先で黙々と竹刀を振るっていた次男坊へ、
それを終えてリビングへと上がって来るのを、
さあおいでと待ち構え。
暖かい蒸しタオルを広げてやり、白い頬へと当ててやり。

 「鍛練で体は温もったでしょうが、
  ああ この頬の冷たさはないですよね。」

はふと吐息を洩らしたうら若き剣豪さんを、
自分のいい匂いのする懐ろへ、
そのまま そおとくるみ込んでしまう母上の手際の善さよ。
決して小柄ではない久蔵だが、
それでも相変わらずに痩躯でいるのと、

 「〜〜〜〜。////////」

含羞みはしても嫌ではないからと、
さして抵抗なく、その身を凭れ掛けさせて来るものだから。
そちらさんだとて、そうそう大柄でもない双腕の中、
すんなりと収まってしまうというワケで。

 “………やれやれ。”

金の髪も色白なところもお揃い、
しかもその上、所作に品があっての、
均整の取れた立ち姿がすこぶると玲瓏な、
それは麗しき青年二人。
リビングの窓辺で
“よしよしvv”“ごろごろvv”と
お互いを愛おしむ擬音がそのまま聞こえて来そうなほどに
微笑ましくも仲睦まじく、身を寄せ合っておいでなの。
こちらは少し離れたソファーに座し、
やはり日課として新聞を広げつつ…
こそりと苦笑を洩らすのが
家長様の勘兵衛…と来るところも毎朝のこと。
まだ遠いはずな春の陽だまりさえ想起さす、
それは眼福な光景には違いないが、
朝と言えば、各人忙しい一日の始まりでもあって、

 「12月ともなれば、久蔵も休みに入るのではなかったか?」

広げていた新聞を畳みつつ、
さりげなくお声を掛けてやれば。
ああいけない、浸っていられる場合じゃなかったと、
まずは七郎次が顔を上げ。
その腕を緩めて…髪を整えてやりつつ、
訊かれた彼の代理のようにお返事をする。

 「来週から期末試験がおありだそうですよ?」

さあさ、お顔を洗ってらっしゃい、
制服に着替えていらっしゃいと、
久蔵を二階へ向かうよう促しつつ。
彼がお顔を拭き終えたタオルを、
キッチン側のカウンターへと載せ、
その動線の先においでの御主様のところまで歩みを運べば。

 「さようか、やはりそういう時期なのだな。」

まだまだ さほど慌ただしい気配は感じられぬが、
それでも年の瀬なのだなぁなどと、
どこかのイルミネーション、それは綺麗に撮影された写真が配された、
手元の新聞の1面をあらためて眺めておいでで。
出社までには間があって、
かっちりとした装いを整えるのはまだ早い刻限だから。
ジャケットは羽織らぬまま、シャツとスラックスの上へ、
カーディガンをまとっておいでの姿が、

 「えと…。///////」

どんなにざっかけない格好でおいででも、
態度や表情から滲む風格のせいだろか、
精悍で男臭く、且つ、大人の頼もしさから重厚で。
ああ、何か女学生みたいだなぞと思いつつ、
それでも好きでやまないお人なんだもの、
七郎次としては、やっぱり視線が外せない。

 「? いかがした?」

ホントは判っておいでのくせに。
白々しくも“何か話でもあるのかな”と、
ほっこりと笑い掛けてくださるお顔もまた。
聞いてあげるから“おいで”と言ってるも同然の、
胸が高鳴るよな 勿体なさやら嬉しさやらをくれる、
愛おしい それであり。

 「いえあの、そのえっと……。/////////」

ああ、そろそろ洗濯機が停まるかも、と、
場を誤魔化そうと仕掛かっても、

 「今朝は空模様がはっきりしないから、
  外へ干す気はないのではなかったか?」

さっきポーチのプリムラの鉢を観に出たおり、
洗濯物を干すのなら、そのまま隅に立て掛けてある竿を出すだろに、
それをせなんだのでてっきり…と。
七郎次の毎朝の手際くらい、
きっちり知っておるぞと言わんばかりに、
さらっと口になされてしまわれ、

 「えっとぉ……。///////」

ここから立ってゆく理由を摘まれてしまい、
ますますのこと頬を赤くした、
いつまでもどこか初々しい恋女房を眺めておれば、

 「………シチ。」

さして遠くはないダイニングの方からのお声がかかって、
甘酸い空気がパチンと弾ける。
我に返りつつ、七郎次が“え?”と振り返れば、
着替えて来たらしい次男坊が、トースターの前に立っており、

 「あ、すみません。ご飯ですよね。」

そんな光景へ、どこのスイッチが入ったやら、
あれあれと結構すっぱり勘兵衛の前から離れてゆく辺り。
単に忙しい朝だと思い出しただけだとはいえ、
視線だけで独占していた恋女房を
横取りされたようで少々おもしろくはなかったか。
それまでは余裕のお顔だったものが、
おやと眉を上げた勘兵衛へ、

 「……………。」

ほらアタシがしますからと、
キッチンから追い立てられた久蔵が
ちらりと寄越した視線が、真っ直ぐこっちへ向かって来ての、

  ―― 朝っぱらから大人げない

そんな感情を乗っけて すうと細められた、
何とも言えぬ落ち着きようへ。
ムッとか カチンとか来るところが、
宗主様ったら存外 気が若い。
顎のお髭を引っ張り上げるほど
ありありと判りやすくも口許をムッとへの字にし、
目許も眇めて、不快であるぞと受けて立てば。

 「―――。」

何の負けるかということか、
久蔵坊っちゃんの側もまた、
それでなくとも切れ長の双眸を、
ますますのこと細く眇めての、
大人げないぞシマダとでも言いたげなお顔を作る。
将来の木曽の総代、
つまりは東日本の支家を統括する存在として、
勘兵衛の右腕になろうかという身であること、
一応は自覚しているものの。
……それとこれとは別ということか。(笑)
そんな二人が、まるで雌雄を決す戦いの前哨戦もかくやと、
まずは視線のみにての剣突き合い、
結構な鋭さでの睥睨合戦をしかかっておれば、

 「? いかがされましたか?」

こんがりトーストにハムエッグ。
ちぎったレタスとスライスしたキュウリにオニオン、
ドレッシングで和えてプチトマトを添えたサラダ。
温かいクラムチャウダーはカップにそそぎ。
試験の前だということで部活も休み、
今日は堂々と早く帰って来るという久蔵だが、
それでもJRを乗り継ぐだけの距離はある高校なので、
軽く食べてから帰っていらっしゃいと、
今日はおむすびを作ったのも並べたテーブルの傍らから。
こちらは和食派の勘兵衛へ、
ふっくら焼いたマスと大根おろし、
浅漬けに温泉玉子と、ご飯のお供の品数を並べ。
春菊と絹ごしとうふのみそ汁の椀を手にしつつ、
あっけらかんとした声を掛けて来た七郎次。

 「?? お二方?」

あまりに無垢なお顔を向けて来られ、
何も気づかぬ彼を待たせるのも何だと。
片やには特に大人げのない睨み合い、
ひとまずそそくさと畳むところだけは気が合って。
最後にお顔を見合わせてから、
勘兵衛は新聞も畳みつつさっくりと立ち上がって。
久蔵は寡黙ながらもやや小走りになっての、
稚(いとけな)い仔犬のような無邪気さで。
愛妻による、若しくは大好きなおっ母様の手になる、
心づくし満載の朝食の場へと向かう。


  しっかり食べて、背条のばして、
  今日も元気に、行ってらっしゃいvv






   ● おまけ ●


今のこの、急で意地悪な寒波の到来も、
天気予報士の言によれば、
数日ほどしか居続けはしないのだそうで。

 「そういうのが実は一番困るんですよね。」

多少の変動ならともかく、あまりに頻繁な乱高下は、
誤差を溜め込んで溜め込んで、
思わぬタイミングに体調を崩す元になる…と。
親戚から送って来た新じゃがで作ったという、
肉ジャガのおすそ分けを盛った鉢を手に、
お昼前の空いた暇間、お隣りさんを訪ねていた七郎次で。
こちらのお宅には、商談用の店舗も兼ねてのこと、
外へと向いたリビングはモダンな作りとなっていて。
全面ガラス張りの窓こそ島田さんチと似たよなもんだけれど、
平八が工房との行き来をしやすいようにと、
土足で上がってもいいように、
床はPタイル張りだし、
止まり木タイプのスツールやカウンターテーブルが、
まるで小じゃれたカフェバーみたいにセッティングされておいで。
そんなスツールの1つへと腰掛けた七郎次の言いようへ、

 「そうですよね。特に、歳が増しますとね。」

若いうちは結構、徹夜も無茶も一晩寝りゃあ均せたんですが、
今はもうそんなじゃ利かなくなっちゃってと、
苦笑混じりにかぶりを振る、つなぎ姿の平八なのへ、

 「おや。それにしちゃあ、
  今でも徹夜とか何時間ものお籠もりとか、
  なさってるってゴロさんから聞きますが。」

あれれえ?と、話が違うぞと、
少々白々しくも、その身を起こしての
後ずさりさせる振りをして見せる七郎次、

 「いやあの、だって。集中しなきゃなんないから。」
 「それにしたってタフなもんだと、
  あの頑丈そうなゴロさんが呆れるほどなんて。」

暗に“心配されてますよ、お熱いなぁ”と、
冷やかすような言いようをすれば、

 「う〜〜〜〜〜。///////」

まんざらでもないからか、
ただ誤解だ迷惑だというならこういう反応は出なかろう、
戸惑いや含羞みがいっぱいの困惑顔で、照れまくっていたものの、

  ……それを言うならシチさんだって。
  何ですよ。

どんなネタがあるのやらと、
出されたお茶を平然と啜りつつ、
うふふんと余裕で微笑った七郎次だったが、

 「勘兵衛さんが遅い晩は、
  いつまでもリビングの明かりが消えないし。」
 「…………っ☆」

途端にギョッとした七郎次だったのへ、
今度は天才エンジニアさんがふふんと微笑い返し、

 「別に毎晩毎晩見張ってる訳じゃありません。
  ただ、ふと視線が向いて“あれ?”って気がついた晩とか、
  何でこんなに遅くまで起きてらっしゃるのかなと、
  顛末を見届けたら大概は、そーゆーオチだったりしたもんで。」

ま、見届けなくとも判る結末じゃあありますが、なんて。
湯気が立ちのぼる湯飲みの縁越し、
猫目をたわめての
ちょっぴり意地悪そうに笑って言う彼であり。そしてそして、

 「う〜〜〜〜〜。////////」

間違っちゃあいないその上、
口外出来ない“お勤め”がらみの晩もかなとか、
いやいや、そっちはさすがに待たないけど…などなどと、
余計なことまで想いは巡り、
それの煽りで下手に否定も出来ない七郎次であったりし。

 「? どうされましたか?」
 「え? あ・いやあの、えっと…。」

ちょっとだけ先にお味見〜っと、
美味しそうな肉ジャガを小皿へ取り分けていた平八のほうは、
今の“してやったり”で気が済んだらしく、
それ以上は言及してやろうというつもりもないらしかったものの、

 『今日は一日寒いようですから、出先でもお気をつけて。』

今日は車での出勤だった勘兵衛を、
ガレージまで見送りに出た七郎次。
どちらかといや寒いのが苦手な御主様へ、
念を入れての言葉を重ねたところ、

 『そうさな。』

判った、気をつけると応じつつ、

 『いっそ、お主を肌身離さずでおれたなら、
  寒さになぞ気づきもせぬのだろうが。』

 『か、勘兵衛様っ。////////』

そ〜んな 小っ恥ずかしい会話があったところまで、
何でか思い出してしまったらしくって。

 「??? シチさん? どうされましたか?」
 「いやあの、いやその。
  えっと・うんと………。////////」

余計なことまで思い出し、
暑い暑いとお顔を扇ぎつつ、何やら慌てて帰ってしまった辺り。
武道の方では結構な練達のくせに、
妙に判りやすくて可愛らしいお人だったりもしたそうな。





   〜Fine〜  11.12.02.


  *11月はご無沙汰でしたの島田さんチの師走の初め。
   急に冷え込みましたが、
   暖めてくれるおっ母様がおいでで、
   そんなの何でもないらしいです。
   ええもう、色んな意味で……vv(こら)

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